占い師の紹介

エルカミノ店主・楠 隆英

エルカミノ店主・楠 隆英

CMがキッカケで服飾デザイナーの道へ進む

今は占い師を生業にしていますが、元々は服飾デザイナーをやっていました。

そのキッカケはもう大昔なのでボンヤリしたものですが、デザイナーのイッセイミヤケがお酒のCMに出ていて、これが凄くカッコ良くて何かピンときたんですね。

当時大学在学中でしたが、何かそういうデザインを勉強したいと思うようになり、気がつけば大阪モード学園に入学の申し込みをしてました(笑)

当時は若かったので大学と専門学校両方に通い、ずーっと勉強していました。ただこの時点ではデザイナーになりたいとは思っていなくて、ただその勉強が好きだったんです。

そして大学卒業の年になると「やっぱりデザイナーになりたい」と決めて、

アパレル業界の道に進むことにしました。

バブル期のデザイナーとしての仕事。45歳で肺がんになったのが一つのターニングポイント

バブル期のデザイナーとしての仕事。45歳で肺がんになったのが一つのターニングポイント

デザイナーになった当初はバブル期だったので、本当に色んな経験をしました。30代手前になってくると、仕事も少し余裕が出てきて、色々と視野が広がってきます。

当時は海外への買い付けの仕事に興味があり、デザインの勉強もできて海外にもいけて最高やん!と思っていましたが、上司に相談し「今はダメだけど、そのうち行けるようにしてやる」と言われましたが、なんだかんだで叶わず。

それならプライベートで行くかと思いましたが、仕事はとても忙しかったので、目処が立たず「いつ行けるようになるんだ」と考え出し、悩んだ結果一度会社を退職して海外に行きました。

ヨーロッパに3ヶ月滞在。そのうち一ヶ月半がパリだったのですが、パリがとても自分に合った気がしたんです。その期間はとても楽しかったですね。

間もなくして帰国。そこからもう一度就職活動をしましたが、元会社の先輩から個人的に仕事をもらえることになり、そこからフリーのデザイナーとしての活動が始まりました。

45歳までデザイナーをやっていましたが、そこで肺がんになってしまったんです。

バーをオープン。その物件選びのプロセスの中で占いに出会った

バーをオープン。その物件選びのプロセスの中で占いに出会った

無事ガン治療は成功し、療養中にかつての仕事仲間や友人らと「そういえば、あの話は進んでるの?」と聞かれることが多々ありました。

というのも、実は肺がんになる前の40歳ぐらいの時に、デザイナーの仕事ってあと何年できるんかなとふと思ってたんですね。20代の時ほどデザイナーとしての楽しさが減ってたのが大きかったです。年齢を重ねると色々と現実が見えますしね。

その時に思いつきで「女性のためのバーをすれば流行るんちゃうか?」と思っていました。職業上、女性と接することが多くて、悩みも色々聞いていましたし、元々人と話すのが好きでしたし。

ガンも治り、思い立ったら行動は早い方なので、飲食するならスペイン系のバーがいいと考えていたのもあり、すぐにスペインにバル巡りに行きました(笑)

帰国後、ようやく物件探しに入るのですが、なかなか良いところが見つかりませんでした。そこで知り合いから「方位に強い占い師さんがおるよ。占ってもらったら?」と言われて、これも速攻で行きました^^;

実は当店の正面にお店があるんですけど、地図上の住所は同じなんです。で、占い師さんに占ってもらったところ、今のビルの場所が良いと言われたんですね。当時は当店の前のお店が入っていたので、物件的には埋まってる状態だったんです。

その事を占い師さんにつげると、「ええ、そうなん?おかしいな。でもアンタがお店やるんやったら、ここがええねんけどなぁ。なんかゴメンな」と謝られました。占い師さん的にはそこがベストらしかったんです。

どうしようかなと思っていて、当店の前のお店でお酒を飲んでいると、何と店主から「ウチはもう閉めるから、楠さんやってみる?」とオファーが来たんです。

これには本当に驚きました。嬉しすぎて占い師さんのとこにいって、「物件決まった!占いで言うてはったところやったで!」と報告したのを今でも覚えています。

バーのお客さん100人を鑑定する目標を立て、達成して占い師の仕事を本格的に始める

バーのお客さん100人を鑑定する目標を立て、達成して占い師の仕事を本格的に始める

バーのお客さんの一人が禅タロットをやってくれ、それがとても面白かったので勉強を進められて、講座も受講しました。

これがまた楽しくて仕方なくて、デザイナーを志した時の気分に戻ったんですね。ドンドン知識を吸収して、ある程度のところで実践に入りました。

そう、バーに来てくれるお客さんに相談して、占いを受けてもらうことになったんです。

やはり知識だけでは占いは成立しないですし、実際に悩んでいる人を見て真剣に向き合わないと「ただ占いの知識を知ってるだけのおじさん」になります。それは自分としても嫌だったんですね。

ただ、駆け出しの占い師ですから、正規の料金を取るのは気が引けます。ですので、バーのお客さんを100人見たら、占い師としてデビューすると決めました。色んな人の協力があって、すぐに達成することができました。

占い師として人の相談に乗るということ

占い師として人の相談に乗るということ

当店は2009年にオープンしてお陰さまでたくさんの人に通ってもらっています。ありがたいことに、占い師としても数多くのご相談を受けられるようになりました。

当然ながら「バーの店主としての自分」と「占い師としての自分」では相談されたことに対するアプローチが全く異なります。

バーにいる時のお客様はリラックスされていますが、いざ占いを受けてもらうとなると真剣になられます。この一人のお客様の二面を数多く見ていると、普段はリラックスしてお悩みが少なそうに見えるのに本当は凄く悩んでいたんだなと考えさせられるようになりました。

占いをする時、ご自身では自覚していなかったことが表面化されます。こういう事を経験していくと、バーに来られた初めてのお客様と少しお話してみると「この人は○○のように見えるけど、本当はすごく△△な人なのかも」と感じるようになり、占いをするとそれが当たっていたりします。

占い師として数多く相談を受け、一つ一つ丁寧に答えを導き出し、一緒に考える事を重ねていき、喜んでいただける仕事をこの歳で見つけられた事は本当に幸せなことだと思います。

もしあなたも、お悩みの軽い・重いに関わらず、解決したいという思いがあるなら、一度相談に来てみて下さい。必ずお力になれることをお約束します。

営業案内

住所
〒550-0003
大阪市西区京町堀1-13-17 ハイツオークラ靭公園1F
交通
四つ橋線肥後橋駅・本町駅より徒歩7分
TEL
06-6441-8881

定休日:月曜日

受付時間 祝日
13:00〜23:00 ×

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